ASD特性のある夫と二人暮らし、アラ還主婦のmalamaです。→ 詳しい自己紹介はこちら
旅行を終えて私は再就職し再び、共働きの生活になった我が家。
夏休みの時期を迎え、夫はしっかり6連休。一方、お盆休みがない私はずっと仕事。
普段の食事は全て私。ここは役割分担と割り切ってはいるけれど
片方が仕事で、もう一方は休み。そんな時はどうするか。
普通に考えれば休みの方が準備するのが当然だと私は思うのです。
「冷蔵庫のお肉を炒めて」がローストビーフになった日
が、我が家はそうはいかない。
以前、こんな出来事がありました。
ある日、夫に「冷蔵庫にあるお肉を炒めて食べてね」と伝えて外出。
帰宅して冷蔵庫を開けると、お肉のパックは残っている。
あれ?サラダで食べようと買ってあったローストビーフがない・・・
念の為「お肉を炒めて食べたの?」と聞くと「食べたよ」とのんびりした声。
どこまで、どう説明すれば良いのか。
もう、この一手間がしんどい。
夫ができるであろう事を想像し伝えておいても、想像の斜め上を勝手にいく夫。
LINEでも紙でも、工夫するほど読み飛ばされる
言葉で伝えても夫の耳は素通りしてしまう。であれば目で見えるようにと
LINEで送ってみたり、紙に書いてみたり。
気がつけば「私だけが工夫してる」

「冷蔵庫のお肉を炒めて」って伝えたのに、なんでローストビーフを炒めちゃうの?

「お肉」の範囲が、malamaさんと夫さんで違っていたのかもしれません

え、そこから違うの…?
ASD特性のある方は、言葉そのものは正確に受け取れても、その言葉の背景にある前提を補いにくいことがあります。malamaさんの頭の中には「炒め物用に買った肉」「ローストビーフはサラダ用」という区別がありました。でもその情報は、言葉には入っていません。「冷蔵庫にあるお肉」は、言葉としてはローストビーフも含みます。
こうした対人関係のなかでの言葉の運用は「語用論」と呼ばれます。高い言語力を持っていても、会話に必要な文脈をうまく使えず困難を抱える方は少なくない、と指摘されています。つまり夫さんは間違えたのではなく、言葉どおりに受け取ったのかもしれません。
LINEや紙が読み飛ばされたのも、無関心とは限りません。情報の量が増えると、どれが重要かの優先順位をつけるのが難しくなることがあるからです。「重要度の基準が示されないと判断しづらい」とも言われます。怠けや不注意ではなく、実行機能の特性として説明される部分です。
⇒ コツは「増やす」より「減らす」。項目を並べるより、一度にひとつ、具体物を名指しする(「冷蔵庫の豚こま肉のパックを炒めて」)。……とはいえ、それを毎回やるのは伝える側の負担です。工夫し続けるのがしんどくなるのは、当然のことだと思います。
伝えても届かない話は、こちらにも書いています。
→ アスペルガー夫 家事は苦手な分野が多い
「私からは何もお願いしない」と言ってみた夏休み
そして、今年の夏休みは、私は夫に言いました。
「私からは何もお願いしない。自分のことは、自分で」
そうして迎えた夏休み。
さあ、夫の行動は?とスクラッチくじのような気分で帰宅すると
そこには、テレビの前で自分好みのスーパーの惣菜を買い込み晩酌している夫。
過去に何度も見てきた光景。デジャブか。
キッチンを荒らされてなくてよかった、と思いつつ一抹の寂しい思いはありました。
夏休みの間はずっとこんな感じ。惣菜は日替わりになっていたけど。
2人分の食事を用意せずに済んだ分、私も気楽な夏休みだった。
それでも、そっと夫の背中に「感じるものは何もないの?」と問いかけてみた。
普段は私のギブを何も感じず受け取るのに、自分はギブしない。
惣菜のパックの山を見て文句を言ったところで、夫にしてみれば「自分のことは自分で」
言われたからその通りにしただけで、そのことは事実なんだけど
(そこは伝わるのか、皮肉なもんだわ)
夫よ、そこじゃないんだよ。
こうして私だけがギブする日々は続いていく。
休みが終われば、また私が当たり前に食事を用意する毎日がやってくる。
夫の食事の自立については、以前こんなことも試しました。
→ アスペルガー夫の昼食自立作戦〜老後の食事問題に今から備える〜
この人にとって私の存在ってなんだろう、
そんな私の思いをよそに、テレビを見ながらガハハと笑う夫の背中。
その姿があまりにも平和すぎて、なぜだか私まで笑ってしまった夏の夜でした。
読んでくださりありがとうございましたmalama


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