こんにちは。ページに来て下さり、ありがとうございます。前回は、ごめん、と気軽に言えない夫の話をしました。そう言えば、ありがとう、も、だ。と気がつきました。と言うのも、私はyoutubeを見るのが好きなのですがその中で、一般のご夫婦の日常生活のチャンネルってありますよね仲の良いご家庭のご主人って、頻繁に「ありがと」「ごめん」って伝えていることに驚きました。ごく短い、こんな言葉が魔法のように響くんですよね。ご飯を食べる時にも「ありがとね、いただきます」なーんて言われたら1時間かかって調理した食事を、ほんの10分で平らげてしまってもちょっと許せるというか報われる気がするんです。
謝らないわけでない
ごめんが言えない人って表現すると、嫌な人?って思うかもしれませんが夫はごく普通の社会人で、今まで大きなトラブルを起こしたこともないです。この歳になっても長年の付き合いの友人もいます。自分が悪いと思えば、ちゃんと謝罪はできるのです。じゃあ、なぜ私が家庭内の些細な出来事にこんなにも、モヤモヤするのでしょう。
夫婦間の役割の問題?
私達の日常の生活においての主導権は私です。なぜかと言えば夫は家事をほとんどできないのです。できないと言うより、まず、気が付かないしその前に私がやってしまっているから。それぞれの性格や、男女の役割の違いと言ったら昭和チックな発想かもしれませんがきっとこういうご家庭って多いんじゃないかなと思います。いつ、何が必要になるか、何をやっておいた方が良いかなど先を見越して準備をしたり予定を立てるのは私。私が気がついて、先回りをしてやっておいたことや必要だろうと想定して買い物などで準備しておいたことに対しても、ノーリアクションなのです。毎朝のお弁当も黙って持っていくのは当然で先日は出張で早朝に出勤すると言うので、普段とは別にさっと食べるか出勤時の車中で食べられるようベーカリーで惣菜パンを購入して用意しておいたのですが「ありがとう」って言わないです。「ああ」ぐらいのリアクション。多分、ありがたいくらいは感じていそうなのですが言わない、言えない。こういうのって心に地味に響いてくる。私が感謝を要求するから?モヤモヤするんです。
目くじらを立ててしまう自分
そんなことが重なるうちに「それは、ごめんって言ってからでしょ?」「まず、ありがとって行ってからじゃないの?」と目くじらを立てるようになり諍いが増えた時期がありました。夫にしてみれば自分なりの理由があって、ごめんって言わない(言えない)。頼んでもいないのに、勝手にしたことに対し感謝しろと要求された。と言ったところかもしれません。この流れで、夫に悪意がないのはまだ救いかもしれませんがそんなことでイライラする自分が疲弊するようになりました。自分が疲弊せず、夫と向き合っていくにはどうすれば良いのか?悶々とした思いで月日を過ごしました。ここまで読んでくださりありがとうございました。
ASDと「ありがとう」「ごめんなさい」 なぜ言いにくいの?
- ASD特性のある人は「ありがとう」「ごめんなさい」が言いにくい場合がある。悪意や冷たさからではなく、言葉の必要性が直感的にわかりにくいことが理由のひとつ
- 定型発達の人にとって感謝や謝罪は「空気を読んで自然に出てくる言葉」だが、ASD特性のある人には「どの場面でなぜ必要なのか」の判断が難しいことがある
- また「謝る=自分が全面的に悪い」と解釈しやすく、事実として正確でないと感じると言えなくなってしまうケースも
- 「感謝や謝罪がない=気持ちがない」ではない。感情はあっても言語化・表現するのが苦手という特性が影響している
- 一緒に暮らす側にとっては積み重なってしんどくなるのも当然。「言ってもらえるとうれしい」と具体的に伝え続けることが関係を保つひとつの方法にもなる
またお会いできれば嬉しいです。malama


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