こんにちは。ページに来て下さりありがとうございます。ASD特性を持つ夫との生活のエピソードを綴っています。前回、行動にバリエーションがないと綴りました。考えてみたらバリエーションがないだけでなく、夫から発生するものもないんです。
妻が寝込んだ時
日頃からモヤっとした気持ちが心の奥底に根付いています。それが急成長するのが寝込んだ時や私が助けて欲しい時。いえ、助けてくれなくていいから寄り添って欲しい時です。
その日は朝から何となく調子が悪いなと感じつつ出勤。案の定、どんどん調子が悪くなりやっと仕事を終わらせて帰宅。我が家は週末のまとめ買いで、ざっくりと一週間の献立を考えておくパターン。冷蔵庫にある程度の準備はしてあるので、夫には手順を伝えて自分でやってもらえばいいし、熱も出てきた私は何も食べないまま早めに横になっていました。そこに帰宅した夫に体調が悪いこと、食事は自分でやるよう手順を伝えます。そうすると「そうなんだ、わかった」これで終わりです。私に対して「大丈夫?」「何かすることある?」いたわる言葉掛けは一切ありません。もし「ポカリ買ってきて」など頼み事をした時は嫌な顔せず行ってくれますが、相手を気遣う言葉掛けってできないです。頼まれたことはできるけど「自分が相手に何かできるか」を考えることはないんでしょうね。

夫婦世帯に限らず、家族の誰かが寝込んでて、部屋から出てきた時、例えばトイレだったり、何か口にしたいとキッチンに来た時とか顔を見れば「どう?大丈夫?」って声をかけるのは自然なことだと私は思うんです。簡単なことなのに何故かできない。その時も腹が立って「体調が悪い中、あなたの食事の心配をしたのに、何の一言もないの?」とつい声のトーンが上がってしまうと「なら食べて帰ってくるから言えばいいのに」と返されるともう逆上案件です。求めているのは「ありがとう。体調はどう?」って返してくれれば良いだけなんです。もうワンランク上を望むなら「自分のことは自分で出来るから体調悪い時は次からは無理しないで」こんな返しがあったらな、と、ないものねだりをしてしまうのが悲しくなります。
曖昧な話し合いはできない
数日して体調が回復した週末。夫の考えや気持ちを聞いてみようと、こう切り出しました。私が体調が悪そうな時は「どう?」「大丈夫?」と聞いて欲しいし、逆に私はアナタの体調不良時には聞いているよね?どう思う?と。内心、そもそもこんなこと話し合いするもん?と思いつつ。
夫はイエスか、ノーかを決める話し合いは乗ってきますが、感情を主体とした話し合いが苦手です。そんな時は、黙り込むか、「わからない」と答えることが多くて、落とし所が見つからず私だけが一方的に話をして終わる、という後味悪い結末になることがほとんど。
結局、この日、夫から得られた言葉は「やって欲しいことがあれば言ってくれればやるよ」でした。そらそうだろうけど、なんか違う。本当にモヤモヤします。
こうやって小さなことが積み重なり、夫に求めても応えてくれることの範囲が狭いことを認識するのが辛く、どうしたらわかってもらえるのか悩むようになりました。
ASDと共感力 相手の気持ちを聞けないのはなぜ?
- ASD(自閉スペクトラム症)の特性のひとつに「相手の感情を読み取ることの難しさ」がある
- 「大丈夫?」「どう?」という声かけは定型発達の人には自然な行動だが、ASD特性のある人には”なぜその言葉が必要なのか”が直感的にわからないことがある
- 悪意や無関心からではなく、「相手が何を求めているか」を察するアンテナの働き方が異なるため
- 「言わなくてもわかるはず」という期待と、「言われないとわからない」という特性のすれ違いが積み重なりやすい
- 「察して」ではなく「具体的に言葉にして伝える」コミュニケーションに切り替えることが、関係を保つひとつのヒントになる場合もある
そしてカサンドラ症候群という言葉に行き当たりました。カサンドラ症候群とは何?の日々が始まりました。
また続きも綴っていきます。ここまで読んで下さりありがとうございます;malama


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