旅行と野球が共通の趣味の、還暦間近50代夫婦です。ASD特性のある夫と二人暮らし、アラ還主婦のmalamaです。→詳しい自己紹介はこちら
随分前の作品ですがホノカアボーイという映画がありました。
ハワイ島を舞台にしたノスタルジックも感じる温かい心に残る映画で何度も見返しています。
きっかけは以前ハワイ島に遊びに行った時にホノカアという街を知り、
日本からの移民が多数いたことを初めて知りました。
最初はハワイ島に移住できるなんて、最高じゃない、なんて呑気なことを思ったのですが
移民した方は大変な苦労をされたことを後で知りました。
ハワイ島のそれとはまた事情が違うのでしょうが、LAにも日本人街があります。
お店の前に飾ってあった写真を見て、今とは全く事情も違い情報もない異国に移住するのはどれだけ苦労があったのかと感じました。
サンリオとアニメの街だった
とはいえ、現代のリトルトーキョーは日本のサブカルを発信するところでもあるんですね
あれ?ちょっと違うぞ。
そう思いながらも、そんな視点で行った私は一味違った楽しみができました。
サンリオのキャラクターがあちこちに。
日本が誇るキャラクターたちなんですね。

そして意外だったのが、アニメや漫画のお店の多さ。
日本にいると当たり前すぎてあまり意識しないけれど、日本のサブカルってすごいんだね。
一本の通りに、120年が並んでいた
とは言え、移民の人たちが築いてきた歴史を感じずにはいられません。
そんな今のリトルトーキョーを楽しみながらも、歩いていると、
ここを築いてきた人たちの歴史を感じる場所がいくつも残っていました。
正面の入り口は大きな赤い火の見櫓。

すぐ近くには高野山米国別院のお寺。
遠いアメリカLAに来ても心の拠り所だったのでしょうか。

風月堂という和菓子屋の和の甘味も人々を癒してきたのかな。

文化堂はレコード屋さんらしい。

防犯協会ってどんな役割だったでしょう。
あとで写真を見返したら、看板にKOBANと書いてありました。
交番だ。

知らずに、収容所の写真を撮っていた
そして、壁一面に古い写真が並んでいる場所がありました。


お店の前に飾ってあった古い写真。移民の人たちの苦労が写ってるんだろうなって思いながら見てたの

あれは『先祖(Senzo)』という1980年の作品です。写真をタイルに焼きつけた、24フィート×9フィートの壁画なんですよ

8枚の写真でできているんですが、そのうち4枚は、戦時中の収容所を写したものです

え。私、収容所の写真を見てたの?
1942年、大統領令によって日系の人たちは西海岸から強制的に立ち退かされました。リトルトーキョーの住民もいなくなり、街は一度空になります。
戦後、収容所から戻った人たちが街を建て直しました。風月堂が同じ通りで店を開け直したのが1946年5月。文化堂は1945年、収容所を出てすぐの開業です。店名の意味は「文化の家」でした。
そのあと街が選んだのは、日本の文化を看板にすることでした。1978年に赤いやぐらが建ち、1980年にあの壁画ができます。今のアニメやサンリオのお店も、その延長線上にあると言えそうです。
「あれ?ちょっと違うぞ」という感覚は、たぶん間違っていません。あそこは古い日本が残った街ではなく、一度なくなってから、日本らしさで建て直した街なんです。
当時移住してきた人たちが今のここを見たら、時の流れの変化にきっと驚くことでしょう。
いや、違うかもしれない。
驚くのは、変化にじゃない。街がまだここにあることに、だと思う。
あ、もちろん観光客がチェックする場所は、都ホテルの壁画だったと思います。Shohei!

同じダウンタウンで入場料ゼロで楽しんだ場所はメジャーリーグ観戦旅⑳ お金をかけずに楽しむLAに、LAのコリアンタウンの夜はメジャーリーグ観戦旅⑲ W杯の夜、コリアンタウンでLAカルビに書きました。
また綴っていきますmalama


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